「幸福なホテル 一流ホテルを創る人間学」
◇せきねきょうこ/著
◇光文社
◇838円(本体)
最近少し疲れているかな、と思ったときに私はたまたまこの本を手に取りまし
た。コンパクトで、美しい写真がふんだんに使われていて、そのまま旅に出た
ような気にさせてくれそうな一冊に見えたからです。和みのための一冊だと
勝手に決め込んで、私はこの本を自宅に持ち帰りました。
著者のせきねきょうこさんは、日本を含める世界のホテルについて語るジャー
ナリストで、特に『環境』『人』そして『スパ』に焦点をあてている方のよう
です。
著者紹介やまえがき部分を読んでいるうちに、ただのガイドブック、そう軽く
見ていた自分の間違いに、私は自ずと気がつきました。
そして読み進めていくうちに、ここ近年、良く耳にする「ホスピタリティ」と
いう言葉の真髄や、そしてそれがホテルだけでなく、さまざまな場所や場面で
の人に対する心の持ちようにも通ずるとても大切なことなのだと、気付かされ
ました。
一流のホテルを作り出すのはその施設や外観だけでなく,当然のことながら一流
のスタッフと、それをわかっている一流の客です。
どんなに素晴らしい建物であろうと、中で動いている人間たちがつまらなけれ
ばだめですし、ちょっと粗末なホテルでも心の通った温かいもてなしの精神が
宿っていれば、客は間違いなくリピーターになるでしょう。
しかし、その一流のホスピタリティを身に付けた従業員というのは、一体どん
な人たちなのか、想像するのはちょっと難しいと思いませんか?
けれど、この本の中には脱帽の思いにかられるそういう類の人たちが満載です。
著者の言葉を借りるなら、皆、生まれながらにして、ホスピタリティ業に選ば
れてきた人、と感じる人ばかりなのです。
そしてそれはゲストに対するホテルマンとしてではなく、時にはスタッフに対
する社長や上司たちの心でもあります。
彼らは皆、判で押したように「人に喜んでもらうことが自分の幸せ」と言うそ
うです。
そこで私はふと考えてしまいました。
ここしばらく、自分がそんなことを思ったことがあっただろうか、と。
家庭で、職場で、友人とのつきあいの中で。
ホスピタリティの真髄とか、奉仕の精神などと深く難しいことを述べるつもり
はありません。
私の脳裏をよぎったのは、もっと簡単で親しみやすいことです。
思いやり、そして優しさなど、そういう普通のことです。
多忙な毎日に追われて、つい気持ちがぎすぎすしてしまい、人間は人のことが
見えなくなります。ということは、他人に気を配れなくなった自分が見えなく
なっているということです。
それはとても危険で不幸せなことです。
一流のホテルマンたちは、皆、ゲストに優しく、快適に過ごしてもらいたいと
思いやることで、自然と自分にも豊かな気持ちや感動を得ることができると知
っているような気がします。
環境を大切にしながら、ホテルを共存させてくれている自然や野生に対しても
謙虚です。それは自分たちを良く知っているということだと、私は思います。
そして彼らはとても柔軟なのです。
一流だからといって完璧などではなく、非常に人間的だと感じました。無駄な
プライドを振りかざしたりもせずに、必要であるなら変化も厭いません。
常に、基準は相手の心地良さにあるのです。
私はそこまで追究せよと自分にも人にも課するつもりはありませんが、何か忘
れていた大切な気持ちを思い出すきっかけになったような気がしました。
自分ひとりで生きているわけでも、単独で仕事を進められているわけでもあり
ません。絶対に人と関わらずして生きてはいけないのです。
人に喜んでもらえるようにと思いやりや対応する心を持つことで、公私共に人
間関係もひいては社会もきっと良くなる、と、私は読後に強く感じました。
仕事や人間関係に疲れて、自分は今、何かが見えていないと思う方がいらっし
ゃるなら、この本の中に登場するホテルマン・ホテルウーマンたちの暖かさに
触れてみることを、私はお薦めします。